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『さっさと不況を終わらせろ』(P.クルーグマン、2012)を読んだ

大学に入ったときは、「就職が比較的良いから」「単位が楽に取れるから」という後ろ向きな理由で経済学部を選んだのだが、このところ経済学って実はしっかりと学ぶ必要がある学問なのでは、と思うようになった。

 

その理由は、経済政策について善し悪しの基準を持たない人たちが、選挙権を持つのは危険なのではないかと感じるようになったからだ。

 

平成生まれの若い世代の人は、よく言われるように生まれてからついこの間まで好景気というものを経験したことはなかった。それが、たったここ数年でリーマンショックからアベノミクスによって経済が回復するという歴史的な場面を実際にこの目で見ることが出来た(そして就職活動でその恩恵を受けることも出来た)。

 

ではなぜリーマンショックから5年ほどで好景気をもたらすことが出来たのに、バブル崩壊から20年間も不景気を続けてしまったのか。もしその理由が、政府が国民の目を気にして効果的な政策を実施できていないことにあるのだとしたら、その責任は学のない国民にあると思う。

 

赤字国債の考え方が良い例だと思う。この『さっさと不況を終わらせろ』の中では、不況で家計や企業が支出を渋っているときにこそ、政府が赤字国債を発行してでも支出を増やし、強引に経済成長を遂げることが必要だと書かれている。

赤字国債は膨れ上がって大丈夫なのかな、と学のない国民は思うけれども、経済成長によってインフレを起こすことが出来れば赤字国債の実質的な金額は目減りするので、思っているよりも楽に借金を返すことができる。

 

日本の赤字国債の金額は1000兆円を越え、GDPの約2倍となっている。これだけ借金が増えているので、日本はハイパーインフレになるとか、将来日本経済は破綻するという話がワイドショーなどに出てくる。そういう話を刷り込まれた人々(そういう人はだいたい投票率の高い老人)は絶対に政府支出を拡大することに賛成しない。だから政府は選挙を意識して緊縮をして赤字を増やしませんよ、とアピールする。だが結果は20年間の不況であり、そのツケを払うのは国民自身である。

 

重要なのは、経済学という学問には正解がないと思われていることだ。確かに経済学は研究室で実験することは出来ないし、様々な条件が絡んでいるので因果関係の特定が難しいけれど、ニュートン力学に異論を挟む人がもはやいないように、基本の部分は正解があるはずであり、国民はそれを一般教養として理解していないといけないと思う。

 

何が正解かについてはこの『さっさと不況を終わらせろ』に書いてある。要は、経済は成長し続けなければいけないということである。この本にはそうした経済の基本的な構造や考え方がかんたんな文章で書かれているのでぜひ読んでほしいし、それによって経済政策について少しでも議論できるような国民が増えれば、政治にもいい影響が出るはず。経済とは身近な問題なのだということに気付いてほしい。

さっさと不況を終わらせろ

さっさと不況を終わらせろ